昭和40年代のアマチュア無線の思い出|アマチュア無線を始めることにした

私が子供の頃、アマチュア無線は趣味の王様のように呼ばれていました。実際、アマチュア無線をするには国家資格が必要で、機械やアンテナも高価でした。子供ではほとんど不可能でした。

小学校時代の夢

小学校5年生の時にアマチュア無線に興味を持ったのですが、田舎では手も足も出なかった。友達と話をしていて、アマチュア無線のアンテナがあるという話を聞いて興奮しました。中学生のお兄さんがアマチュア無線をやっていたのを見て、毎週土日に友達と通って話を聞かせてもらいました。

中学時代の挫折

中学1年の時に石油ショックがあり、石油製品が高騰し、手に入らなくなりました。アマチュア無線の機械やケーブルも手に入りづらくなり、値段も上がりすぎてしまいました。ここで一度挫折しました。

中学2年の再挑戦

中学2年生の時に地方の中都市に引っ越し、再びアマチュア無線の欲求が湧きました。当時はラジオの時代で短波放送や深夜放送を聞いてカードを集めていました。ラジオもアマチュア無線の電波形式が聞こえるタイプが発売されるようになりました。中学2年か3年か忘れてしまったが、頑張って勉強して電信級と電話級を取ろうと思いました。

国家試験の挑戦

ある日夜行列車に乗って札幌に行き、国家試験を受けました。結果は電話級は落ちたが、電信級が受かりました。電信級も付け焼き刃で、合調法と呼ばれる語呂合わせで覚えてしまったのですが、実際電信を聞くと全然取れなくて焦りました。

無線機の購入とアンテナの設置

高校1年生ぐらいにならないと手に入れることができなかった無線機を中古で購入しました。アンテナを立てるには屋根に登らなければいけなかったのですが、高所恐怖症で2階建ての家に登るのは無理と判断しました。仕方ないので、土地はあったので、窓から電線を親父の植木にくくりつけようと思ったら、すごく怒られて近くの木にくくりつけました。アースの処理などもしてなかなか厄介だなと思いました。

感電の経験

ある日雨の日にアンテナを調整しようと思ってアンテナを触ったら感電してしまったのです。アンテナって感電するんだと思いました。電波が飛ぶにはそこに電気が流れていて、ほんとに波のように触るとピリピリと起きてしまったのです。やっと電波を肌で感じることができました。

高校を卒業してアマチュア無線を始めようと思っていたが、実際には暇がなく5年が経ってしまった。
社会人になっていた私は町田の田舎に引っ越し、一軒家に近いところだったので、アマチュア無線ができると思った。

相模原のアマチュア無線のお店に行き、中古の機械を購入した。機種は忘れてしまったが、八重洲の最後の真空管トランシーバーだったと思う。

しかし、時間が経つにつれてアマチュア無線の時間もなく、30歳位になったときに、新百合ヶ丘の方の少し山のほうに引っ越しすることになった。ここは4階建てのビルだったが、裏から見るとそれこそ20階建て位の建物のような高さにあった。
結局アンテナの問題もあり、ちょうどインターネットが始まり、インターネットの方が面白くなり、ニフティサーブというパソコン通信でアマチュア無線の機器を中古で売ってしまった。

 

2025年はIC-705購入目標!!